各日本人会・文化協会教育担当理事・
日本語学校長合同研究会の開催
去る2002年8月5日(月)13:00〜15:00にパラグアイ日本人会連合会教材開発室(アスンシオン日本人会内)におきまして、パラグアイ日本人会連合会全パ日系人教育推進委員会の主催で、「今後の日本語教育と日系子弟教育」をテーマに、各日本人会・文化協会の教育担当理事および日本語学校校長を対象とした研究会が開催されました。
講師には現在イグアス滞在中の、元JICA専門家である川上宏先生をお招きし、「移住地における体験的教育論」について講演をお願いし、その後それぞれの日本人会並びに日本語学校が抱える問題などについて話し合いました。
講師:川上宏(かわかみひろし)先生
在職中ドバイ日本人学校校長、退職後はJICA専門家としてパラグアイ・イグアス日本語学校、アルゼンチン日亜学院等で日本語教育および学校創造に尽力した。イグアス在任中には郷土読本「わたしたちのイグアス」を教職員と共同で作成している。 昨年来再度来訪し、40周年記念誌編纂業務の傍ら、移住者の生き様を語った「大地に刻む いのちを刻む」を執筆刊行した。日亜学院では日本語教科書『みどり先生のにほんご』を作成している。現在は全くのボランティアとして、イグアス婦人部並びに老人クラブ『鶴寿会』の要請により、『イグアス女性史』と『大地に刻む・いのちを刻む第2集』を編纂執筆中。
かわかみひろし先生
「移住地における体験的教育論」講演要旨
●政策論
多民族国家において、それぞれの民族の言葉が3世、4世となっても残り続ける最大の理由は、そのコミュニティ(地域・民族・親族社会)の結束の強さにあります。これは昨年日本語シンポジウムに自費でいらしてくださった、佐々木倫子先生(桜美林大学院教授)の理論でもありますが、私も体験から全く同感です。親族間の結束の固いことで知られる中国系民族では、どこの国でも中国語が残っています。また、パラグアイでも、第二次世界大戦中にラ・コルメナ移住地では、パラグアイが日本を敵性国とみなしたため日本語教育を禁じられた時代がありましたが、そのときも「日本人としての誇りを忘れないでいたい」という気持ちのもと、私塾の形でひっそりと続けられていた歴史があります。
現在のパラグアイでは、殆どの学校が非日系児童生徒を受け入れるかどうかという岐路に立たされています。私個人の考えとしては、日系・非日系を問わず広く受け入れていくことに賛成です。ドバイでも、ブエノスアイレスでも、ドイツ系あるいは英国系の学校は「自国の文化・伝統を伝え広げる」ことに使命を感じ、「良い文化・伝統を伝える事」が学校のステイタス(地位)を高めることにつながり、地域に受け入れられていました。パラグアイにおいても非日系児童生徒を日本語学校に入れることが、地域全体への開発につながり、また「未来への投資」と言えるようになれば素晴らしいと考えます。
例えば、イグアス移住地では現在非日系児童生徒が急増しています。当初は勧誘をして生徒を集める状態でしたが、現在は勧誘する必要がないくらいです。これは、パラグアイ人から「イグアス日本語学校は、日本語だけでなく日本のよい生活習慣、文化、伝統を学ぶことができる学校」という、高い評価を得た結果と思います。現在、この学校は地域において一つの高いステイタスを持つに至ったといえるでしょう。
しかしながら、教授法、教師、学校などの体制が不十分なまま、非日系児童を受け入れると、それまでの質の高い日本語教育が低下してしまう可能性も大いにあります。日系・非日系を問わず、習熟の度合いなどでクラス分けをする体制が必要になります。

●学校創造論
一口にパラグアイにおける日本語学校といっても、その形態は様々です。日系移住地の日語校のように、児童・生徒数が多く、また家庭で日本語を使う児童・生徒も多い日本語学校もあれば、カピタン・バードのように、ほとんどの児童生徒が非日系のところもあります。いずれにしろ、学校は教育の現場として、子供の実態を正確につかみ、方針を立て、それを経営母体である日会の理事会に提言していく必要があります。
日本で日本語教育というと、成人を対象としたものが主ですが、パラグアイの日本語教育の中心は子供が対象であるという特色があります。成人の場合は目的・学習意欲などがはっきりしています。子供の場合はそれと違い、まず「子供の心をどう育てるか」というのが大きな焦点となります。子供と心を通わせ、「この先生となら日本語を学びたい」と思わせるには、授業時間だけでは難しく、教師が教育にのめりこむほどの気概が必要でしょう。それを考えると、日本語学校の教師の要件は、国語教育のスキル(指導・教育方法)、外国語教育としての日本語教育スキルに加え、子供とのふれあいを実現する人材という非常に高いものが求められます。それに向かって先生方は奮闘しているのですが、その労働に対する報酬基準は非常に低いのが現状です。
移住当初の日本語教育は、みんなが開拓・農業に忙しかったので、主婦のボランティアで始まったという経緯もあります。しかし、その後の状況の変化にもかかわらず、現在も給与体系は低く、教師としての生涯設計も困難なため、常時教師不足という問題に突き当たっています。特に男性教師は見当たりません。せめて食べていかれるレベルにもっていかなければ、いい人材も集まらないし、よい先生も育たないでしょう。
移住地の将来を考え時、移住地の三大組織の柱である、農協参事、日会事務局長、日本語学校長の待遇が同等であるくらいが望ましいと思います。学校の設立母体である日本人会は、教師養成の長期ビジョンをもって、これらの体制を考えてもらいたいと思います。
また、学校の運営については、私は「コミュニティ・スクール(地域の学校)」という観点を貫くことが大事と思います。現在は「受益者負担」ということで、児童生徒を通わせる家庭の負担を重くする傾向がありますが、これは地域が子供を教育する責任を放棄する事になります。地域負担が25%以下になっているところは、こういわれても仕方がないでしょう。「地域社会が子供を育てる」観点を理事者は毅然として貫いて欲しいものです。
また、現場である学校と、経営母体である日本人会理事会とのつながり・対話はとても大切です。教育担当理事は日本語教師を励まし、ひきあげ、連携させていく「マネジメント・リーダー(共に歩むリーダー)」となり、学校側が「理事が学校に来てくれることがうれしい」と感じられるような雰囲気作りを心がけてください。

●まとめ
現在パラグアイ日本人会連合会では全パ日系人教育推進委員会の会報で、それぞれの地域の学校を紹介していますが、このような情報交流は、とても励ましにもなります。この推進委員会の設立を、日系人子弟の教育を高めて行く組織的前進の一歩とし、継続した取り組みを期待するものです。
私は、学校経営というよりも、子供を育て、未来を作る「学校創造」を進めていただきたいと思います。それにはまず、学校と日本人会が連携し、子供の現実を出発点とした学校づくりを考えていくことだと思います。
- 学校を開けたものとし、お互いに学びあい、先生のやる気を励ますような雰囲気作りをし、意欲がわきたつような人間関係を築いていってほしいと思います。先生は先生の仕事に誇りを持ち、子供の教育についてたじろがず、日系社会にある、さまざまなしがらみなどにとらわれることなく、信念を持って教育にあたっていただくことを期待しています。
●質疑応答から
- 非日系児童生徒を入れることにあたっては、父母との対話が大切です。習熟度別にクラスを分け、学年に固執せず、理解したら次に進むというかたちも、言語の勉強の特質を父母に話し、クラスが必ずしも学年によらないというのは、恥ずかしいことでも何でもないということを理解してもらう必要があります。
- また、心を育てる観点から言えば、パラグアイ人を入れていくことで、差別のない友人関係を作ることも可能です。ブラジルの経験では非日系に門戸を開かなかった学校は、だんだん閉鎖的になって完全な「塾」になってしまっています。
- 今後の問題として、南米全体で見ると、非日系・成人の学習者が増加しています。これらを受け入れていく体制づくりは、そのまま国際理解につながるでしょう。
- 高度なバイリンガル(2ヶ国語に不自由しない)教育は、現状では非常に困難です。セミリンガル(日常会話は出来るが、抽象的な話・文章が出来ない)の子どもを作らない。母語(家庭で育まれ、子供の意識、考え方、人格形成の基礎となる言葉)をどこにおくかは親の責任の問題です。
活発な質疑応答の後、「今回の内容を持ち帰り、この後地方においても今回の出席者である教育担当理事並びに学校関係者が中心となって今後の教育を考えていってもらいたいです。」という先生の言葉で約2時間に渡る研究会が終了しました。かわかみ先生の熱い教育への気持ちに、学ぶべきものの多い一日となりました。かわかみ先生、ありがとうございました。
